溺れる!!?? 

 

カヌーをするフィールドはさまざまですが相手が水であることは共通しています。

水を相手にして安全を考えるということは第一に溺れないようにすることを考えることです。



では人間はどういったときに溺れるのでしょう。それは泳げないときですね。

泳げない人間だけが溺れるのかといえばそうではなく、

泳ぎが達者だという人の溺死事故も多いものです。

なぜでしょうか。

ここではそれを考えていくことにしましょう。



私は泳げないという人は意外と多いものです。

泳げないといっている人でも本当に泳ぐことのできない人はまれで

息継ぎができないから水に入るのが怖いと感じ

その結果泳げないと思い込んでいるだけのことが多いようです。



もちろん顔を水につけることが怖い人もいます。

水を顔につけると怖いと感じるのも結局は

息を止めて我慢することの不快感であり、

息継ぎへの不安感といえるでしょう。



また水に顔をつけるのがいやな人は

しっかりと目をつぶってしまうため水の中が暗く感じます。

まぶたに力を入れることで回りの筋肉がまぶだを厚くするので

光が通らなくなるからですがこのことがいっそう

水の中は暗くて怖いという印象を強くしています。



私には胎児の時の記憶は残念ながら残っていませんが

誰でも一度は羊水の中で泳いでいたのであり

先天的に水につかると死んでしまうような人はいないはずです。

もしそんな人がいれば産湯の段階で死んでしまってますよね。

それに毎日の入浴も命がけの行為となってしまいます。



胎児の時には肺呼吸をしていません。

酸素の供給はへその緒をとおして母体から行われているのです。

産声を上げたときから肺呼吸を始めるのですが

このときから水への恐怖を感じる第一歩を踏み出しているのかもしれません。



生まれたばかりの赤ちゃんは水につけても平気で泳ぎます。

羊水の中で約10ヶ月を過ごしてきた赤ちゃんにとって

重力のしがらみをはなれ自由に手足を動かすことのできる

暖かい水の中は快適そのもののように見えさえします。

それが成長とともに水を怖いものと感じていくようになるわけですが、

このときの自我の目覚めがどうのこうのというような話はさておき、

この怖さというものが溺れる原因のひとつなのです。



パニックは危険である

誰しもこのような言葉を聞いたことがあるでしょう。

パニックとは危機に直面した群集が示す混乱状態ということですが

具体的にはどういうことを言うのでしょうか。



パニックに陥ってしまった人は頭の中がまっ白になったと言います。

普段の私たちの頭の中は雑念でいっぱいです。

ですからいつもは真っ白どころかけっこうカラフルな状態なわけです

テレビの画面が四六時中付けっぱなしになっていて何らかの映像を見ていると考えてください。

しかし、パニックになってしまったときはこれらの映像が消えてしまいます。

実際には思考回路がショートしているというほうが当たっているかもしれません。



脳に危機的状況だという多くの情報がインプットされた結果

その個人の情報処理能力を超えてしまい、

判断を狂わせたり思考を停止したりするこの状態がパニックですね。

パソコンを使っているなら誰もが一度は経験していると思いますが、

コンピューターのフリーズ状態だと考えるとわかりやすいかもしれません。

脳は非常に性能のよいコンピューター以上のものですが

コンピューターに十分なメモリと良いアプリケーションソフトが必要であるように

私たちの脳にも良質の情報と培われた経験が必要となるのです。

予備知識や経験のないものに対して過負荷がかかったときに

人間はパニックを起こしてしまい、お手上げとなってしまうのですね。



赤ちゃんの時には上手に泳げたものが

成長とともに泳げなくなってしまう過程を考えるとしましょう



赤ちゃんの時には話しかけられている言葉をすべて正確に判断できてはいません。

そのため水を見せて危ないよとか溺れるよなどと言ったとしても

水と危険に関して脳がつながっていないために

そのことで恐怖を感じることがないわけです。



しかし成長するにつれ経験値が上がってくると、

未知のものに対する恐怖を敏感に感じるようになります。

また危険だとか溺れるといった言葉の意味を正確に把握し

それに対して不快感や恐怖をイメージすることができるようになります。

この段階で誰かが水を指して危ないよとか怖いよと教え込んだとすると

水と危険や恐怖がイコールでつながってしまうのです。



太陽がサンサンと降り注ぐ夏の日差しの中で

自分と同じぐらいの子供たちが歓声を上げているプールや海水浴場では

恐怖を感じたりパニックに陥ったりする子供は少ないでしょう。

もちろん水に足をつけてみて思いがけない冷たさに驚いたり

濡れることに不快感を覚えたりした子供が泣き出すことはあるかもしれません。



でもこの状況が一変して太陽が厚い雲に覆われてあたりが暗くなり

冷たい風がビュービューと吹き付ける湖や川のほとりで

今にも雨が降り出しそうな状況ではどうでしょうか。

イメージはダークグレーですね。

このときには子供は水に対して危ないよとか溺れるよなどと

言われたことをはっきりと意識して脳は水と危険を強く結び付けてしまうでしょう。



水に対して楽しい経験をする以前に恐怖を刷り込まれてしまった場合、

水に顔をつけることに抵抗を感じたり泳げなくなったりすることが多いものです。

教育論を展開しているわけではないので成長過程での

指導のあり方がどうのこうのと続けるつもりはさらさらありませんが、

恐怖は不快感、不安感と密接につながっています。

恐怖・不安・不快感はパニックの原因に十分になりえます。



ではパニックになるとなにがいけないのでしょうか。

まず視野が狭くなることが挙げられます。

落ち着いて自分の置かれている状況を把握することができれば

怪我一つせずに危機的状況から脱出することも可能ですが、

パニックを起こしてしまうとまず自分が何処にどういう立場で居るのかの

判断がつかなくなってしまいます。



川や海ではそこに波があるためにますます視野は狭くなり

水に浮いてしまった状態では体を動かすことも思うようにはいきません。

プールと違って足元を支える物の無い頼りなさと恐怖感から

手足が縮こまり力みすぎてしまうために体力を激しく消耗します。

足がつくはずのところでもパニックになって足を伸ばすのが怖ければ

おぼれてしまうことは十分に予期できるのです。



手を伸ばせばレスキューロープやしっかりとつかまることのできるものに届くのに

パニック下ではそれらを掴むチャンスを逸しがちとなってしまうのです。

首をのばせばそこに助かる見込みのある絶好のチャンスがあるにもかかわらず

パニック時には物が見えなかったり声や音が聞こえなかったりしてしまうのです。

ではパニックが危険ならばどうやってそれを避けたらよいのでしょうか。



先ほど予備知識や経験のないものにたいして過負荷がかかったときに

パニックを引き起こすと述べました。では予備知識と経験を積めば

パニックを避けられると考えて良いのではないでしょうか。

まず水に落ちたときのパニックを減らすには水に入って慣れるのが一番でしょう。

特に初心者のころに暖かい日を選んで沈・沈脱の練習をすることは有効です。



いうまでもなく安全装備をきちんと身に付けて練習します。

沈・沈脱の練習を繰り返すことでだんだんに体の動きも理解できるようになり、

またPFD ( ライフジャケット ) をつけることでより楽に水に浮いていられることを体感し、

それらを脳にインプットすることで不意に水に落ちてしまった場合でも

リラックスできる状態をつくっておいてあげるのが指導者として大事になってきます。

では溺れるのはパニックが原因だと理解を進めたところで

沈して水に投げ出されてしまった人たちの救助について考えを進めましょう。